スマホの中の本棚に、いつでも読める状態の電子書籍が800冊ほど眠っています。そんな私のもとに先日、一通のメールが届きました。「読書アプリのサービス終了のお知らせ」。読みかけのミステリの続きはどうなるんだろう。その夜から読み残しの「消化」を始めたのですが、結局40冊は未読のまま、ひと晩で本棚から跡形もなく消えました。
「買った」つもりが、実は「借りていた」
電子書籍やダウンロード版のゲーム、定額制サービス。それらはよく「所有しているようで所有していないもの」と言われます。買ったつもりでも、実は借りているに等しい、というやつです。「まあ、そういうものだよね」と流していた私ですが、実際に自分の本が消えてみて、ようやく腑に落ちました。私はあれだけの金額を支払って、ずっと「読める権利」をレンタルしていたんだな、と。
10年で70万円を「レンタル」していた数字の話
振り返ってみると、電子書籍に払ったお金はひと月平均で6000円近く。10年続ければ軽く70万円を超えます。でも、このうち「確実に残る」のは何割でしょう。サービスが終了すれば読み返せないし、新しいOSにDRMが対応しなければ、読み終えた端末が壊れてしまえば、それまでです。紙の本なら、どんなに古くなっても本棚から出せば読めます。読み放題サブスクに至っては、月額料金を払わなくなった瞬間、読める範囲は一気に狭まります。それも含めて「借り物」なんだと、あらためて思い知りました。
もちろん、電子書籍が悪いわけではありません。場所を取らない、検索が効く、寝転がりながらでも読める。気に入っている面はたくさんあります。ただ私にとってしんどいのは「買える範囲が他人の都合で変わる」こと。売れなければ配信終了、契約が変われば作品が圏外に。読みたいと思ったときに読めない、というのは紙の時代にはなかった体験でした。「売れないものを残す」合理性は分かるけれど、買った側からすると置き去りにされた気分になるのです。
デジタルの「購入」ボタンは、ワンタップで押せるぶん、やけに軽いんです。紙の本ならレジに並んで、現金を出して、帯を外して、といった「買った」という実感を何度も経由するのに、デジタルだとそれが全部省略されてしまう。実感が薄いから積ん読も増えます。なにせ私の本棚の800冊のうち、半分も読み終えていないんですから。 「買った」はやさしい言葉で、私はその言葉を信じすぎていたのかもしれません。
これが「借り物」と「所有」の違いだな、という流れを整理すると、こんな感じです。
flowchart TD
A[電子書籍を購入] --> B[サービス継続中は読める]
B --> C[終了や非対応を迎える]
C --> D{読み返したいか}
D -->|はい| E[紙や別媒体で買い直し]
D -->|いいえ| F[そのまま読めなくなる]
消えた40冊と、お気に入りリストの末路
具体的な話をすると、今回消えた40冊の中には、読みかけのミステリも、数年越しで読もうと思っていた長編も入っていました。そのうち数冊だけは「保存」を案内してもらえたので、慌てて読み終えました。締切がないと読めないタイプの私には、むしろありがたい有終の美でした。残りは積んだまま、あっけなく消えていきました。いや、正確には「消えた」のではなく、私の手の届かない場所へ戻っていった、と言うべきかもしれません。読もうと思えばいつでも読めたものが、もう二度と開けない。その知識が、思っていたよりずっと重くのしかかりました。
同じようなことは、これが初めてではありませんでした。数年前、あるサイトで限定配信されていた短編が「サービス終了のお知らせ」と一緒に消えた時も、もやもやしました。さらに十数年前には、買ったはずのゲームのダウンロード版が配信停止になり、買い直そうにもできなくなったこともあります。そのたびに「まあ、しょうがないか」と流していたのですが、今回ばかりは流せませんでした。
そこで決めたのが「本当に何度も読み返すものは、紙で買う」という線引きです。実際、一番好きな小説は先日、紙の単行本で買い直しました。電子書籍は新しい作家や作品の「試し読み」、紙は家の本棚に据える一軍。役割を分けると、ちょっとだけ安心して読めるようになりました。最近は図書館で借りて気に入った本だけ紙で揃える、という流れにもハマっています。
便利さと引き換えに失ったもの
結局私は、「所有」を手放した代わりに「読める環境」に課金していたんだな、と思います。それはそれで便利だし、悪いことではないのでしょう。ただ、お気に入りの一冊が他者の都合で消えてしまう寂しさを知ってしまった今は、たまには本棚の紙の背表紙を眺めながら、その温かさにほっとする自分もいます。
デジタルは確かに便利で、これからもお世話になるつもりです。ただ、その便利さの向こうで何かを失っていないか。そう自問する癖は、今回の40冊が私に残してくれた、地味ながら貴重な置き土産になりました。
読み切る前に消えた40冊を思うと、無理に便利に飛びつくより、ときには「ここにある」と手で触れる安心を大事にしたくなります。みなさんは、「買ったつもり」のデジタル作品が消えてしまった経験、ありますか?